移り変わる時代…MyBirthdayを元ネタに昔の編集作業を振り返ります

こんにちは。「昭和」から「平成」へ、そして「令和」へ…と、しぶとく説話社で生き抜いてきたスタッフです。元号発表、ドキドキでしたね~。部内では「一文字でも当てたらシュークリームを買ってもらえる権利」を争って投票箱を設置していましたが、誰もが華麗にハズしたおかげで、今日も皆、平和に仕事に取り組んでおります。皆様はどのように発表を見守りましたか? 

さて今回は、時代の移り変わりに産声をあげた雑誌<マイカレンダー>の発売&重版記念(?)として、平成時代に編集業務をしていた私から、当時担当していたMyBirthdayを元ネタに昔の編集作業を懐かしみたいと思います。当時読者さんだった方は思い出を振り返りながらお楽しみください。

MyBirthday名物・「毎日の星占いページ」



出ました~! 毎月のお楽しみ「今月の星占い」。マイカレンダーでは「マイカレ暦」として東洋西洋の占いが凝縮されていましたが、MyBirthdayでは西洋占星術のみのコーナーでした。漫画家さんやイラストレーターさんのイラストカットを入れながら、中高生の学校生活に合わせたアドバイスとなっています。
初期は紅亜里(こうあり)先生、その後エミール・シェラザード先生にバトンタッチし、MyBirthdayのシンボルとして最終号まで掲載されていました。
読者だった頃は自分の星座のページを切り取って透明な下敷きに入れ、授業中に見てはニヤニヤしたものです。読者時代はそんなウキウキページだったこの星占いコーナー、いざ編集部に入社してみると、そこに待ち受けていたのは大変な修羅の世界でした…。



↑当時説話社で配布されていた、MyBirthday用の特製原稿用紙(200文字詰め)。左上にロゴ、右下に「説話社」の署名入り。
現在ではPCによる原稿作成やメールでのやり取りが当たり前ですが、30年前はもちろん、鉛筆(シャープペン)で原稿を書いていました。まだワープロも登場してません。
とにかく文字量が膨大だったこのページ、先生から毎日の運勢を吹き込んだ「カセットテープ」が手渡され、それをラジカセで聞きながら原稿用紙に書き起こすという作業でした。それ以外の運気の解説は手書きでしたが、12星座まるごと1週間で仕上がってくるハイペースぶり。



↑当時の原稿用紙を再現しています。横書きのページは原稿用紙を横にして、字切り(蛍光ペンで文字数のラインを引くこと)をして作成します。
「ラッキーデー」という言葉が時々出てくるのだけれど、「マイバースデイ」と合わせるため、すべて「デー」ではなく「デイ」に統一されていました。また、「情熱の星・火星」や「愛の星・金星」など、当時の中高生にも惑星の効果がわかるように、文中にすべて枕詞をつけて書くという指示もありました。

さて、この「毎日の星占い」の鬼文字数をさらに上回るのがこちら。



「全国の〇〇座さんお誕生日おめでとう」ページ。写植屋さんが一番小さい文字の大きさで打ったものを、さらに縮小コピーしてツギハギし、1ページに無理やり収めていました。文字、読めない…。

当時のMyBirthday編集長(現・説話社社長)による「全国から送られてきたすべての読者ハガキを載せるんだ! 一枚たりともボツはいけない!」という大号令のもと作られたページです。絶対掲載主義のため、一時は「4/△生まれ 〇〇クン、愛しています。 〇〇クン大好きっ子より」などなど、秘密の告白伝言板として使われたことも。校正するにも目がショボショボ…。ルーペを覗きながら文字の間違い探しです。

また、イラストは当然、アナログ手書きでしたので、イラストレーターさんには作品を郵送で送っていただいたり、直接受け取りに行ったりしました。今ではメールでパパッと送受信できてしまうので、当時からすると考えられないほど本当に便利になったものです。


 
まつざきあけみ先生のイラストカット(当時のもの)。見えない枠線があるかのように、すごくきっちりした仕上げ。とにかく細かく、美しいですネ! 

人の手が加わるものって、関わる人の優しさや丁寧さが文字や絵に見えたり、反対に、明らかな焦りや動揺が伝わったりすることもありました。
今ではPCなどのデジタル的なやりとりにより、気づきにくくなっているかもしれません。それでも、関わる人のいろいろな感情が束になって本はできあがっていきます。
ツールは違えど、あの頃も今も、雑誌には熱量が詰まっているのですね。

今回は当時のアナログぶりをかいつまんで書いてみましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
ちょうどこの「平成」から「令和」の過渡期に誕生したマイカレンダー。
これからどのような雑誌に育っていくのか、どうぞお楽しみにしてください。
そしてぜひ、あなたも「掲載される側」として、積極的に参加していただければと思います。
説話社とともに、熱い雑誌を創っていきましょう!

おまけ
歴代の表紙を集めてみました。読者さんだったかたは、どの先生でしたか?



昭和54年(1979/創刊号)~「まつざきあけみ」先生
きめ細かな線と、カラーインクで仕上げられたイラストはため息が出るほど美しかったです。仕上げが1日、カラーインクを重ねていく作業で3日、合わせて4日くらいで制作していたのだとか。占星術や神秘学など、今の大人が読んでも濃い本格的な占術が掲載されていました。



昭和59年(1984)~「野崎ふみこ」先生
女の子のトキメキときらきらが詰まった、カラフルで可愛さ満載の表紙絵。80年代乙女の象徴的なイラストでした。占い情報の他に、妖精さんの記事やおまじない、クッキングやおしゃれなど、生活情報もたくさん掲載されています。



平成3年(1991)~「小沢真理」先生
平成に入り、漫画家の小沢真理先生にバトンタッチ。おしゃれで大人っぽい女の子のファッションや、どこか外国風の世界観に憧れます。表紙絵担当中に、小沢先生は講談社漫画賞
を受賞。学校生活を意識した内容にシフトし、悩み相談やおまじないのページも充実しています。



平成8年(1996年)~「西田協子」先生
時代は一気にPCへ。まだ導入している人が珍しかった、アドビ・フォトショップでのイラスト表紙絵になりました。ポップで元気な女の子が目印! 当時は安室ちゃん、浜崎あゆみ、ヴィジュアル系バンドも全盛でした。占い記事のほか、心理テストが大流行した時代です。



平成16年(2004年)~最終号(2006年12月号)「TAMMY/イトウタミコ」先生
21世紀に入り、引き続きPCでのイラスト表紙絵に。おしゃれでメイクをほんのり効かせた可愛い女の子の表紙に。占いをはじめ、心理学、著名人のエッセイ、読者投稿ページの増設など、多くの女の子の悩みにこたえる総合誌として支持されました。

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