移徙(いし、わたまし)の儀式・新宅作法

こんにちは。
陰陽道・陰陽師研究家の高橋圭也です。
前回は、陰陽師にとっての「怪異」についてお話しましたが、今回はそんな陰陽師たちの仕事についてお話しします。

平安時代のある夜、藤原道長とその家族や従者たちが東三条第(ひがしさんじょうだい)という屋敷に引っ越す際に行う移徙(いし、わたまし)の儀式の新宅作法の開始を待つため、屋敷の西門の前で陰陽師の安倍晴明の到着を待っていました。
なぜなら、昔は貴族の引っ越しの際の儀式は陰陽師の指示と指導に従って行われるのが慣例であったからです。

さて、現代なら新築の家や空き家に引っ越し・移転した後に災いや事件が起き、病気やケガをすると「方位が悪かった」と話す場合が多いのですが、昔は「引っ越す前にきちんと陰陽師の指導で移徙の儀式の新宅作法を行わなかったため、屋敷内で災いや事件が起き、病気やケガをするなどの悪い事が起きた」と考えました。
なぜなら、昔の人々は新築や空き家のように人が住んでいない家には野良犬や狐はもちろん、鬼や妖怪、魔物が住んでおり、または家の門や台所、厠(かわや、トイレの事)などのそれぞれの場所には神々が宿っており、事前に陰陽師の指導で移徙の儀式を行わず、家の中に先に住んでいた鬼や妖怪、魔物、さらに家の中の神々に対する礼儀もわきまえずにずけずけと勝手に入り込んで家に住みつこうとする人間を神々や妖怪、魔物が快く思わずに様々な災いを起し、またはその人間の身体を病気にして追い出そうとする、と考えたのです。
そのため、貴族たちは引っ越しの前に陰陽師の指導に従って、貴族とその家族や従者全員が正装して屋敷に入って食事をするその他等々の様々な移徙の儀式を行い、陰陽師が反閇(へんばい)や散供(さんぐ)を行って鬼や妖怪、魔物を祓い鎮め、さらに屋敷の中の門や台所、厠、井戸、竈(かまど)、堂(寝殿造りの寝殿・正殿)、庭、戸等の各所に宿る屋敷神(宅神・家神、やかつがみ)に供物を供えて正しい方法で神々を祀って、穏やかに屋敷に入居する人々を迎えてもらい、末永く幸せに住み暮らせるようにしていたのです。


竈神(かまどがみ)の祟り

実は、昔の貴族はこの陰陽師の指導に従って様々な屋敷神の神々を正しく祀らないと、屋敷内の神々は住んでいる人々に災いをもたらす恐ろしい存在でもある、と考えました。
特にこの中でも竈神を丁重に扱い、正しく祀らないと屋敷内の人々に様々な祟りや災厄をもたらし、病気にする恐ろしい神と考えたのです。
さて、昔は貴族が病気になると、安倍晴明などの陰陽師を屋敷に呼んで六壬式占(りくじんしきせん)でその原因を占わせましたが、その際は病気の原因が「竈神の祟り」とされることが非常に多かったのです。そして六壬で占った結果、病気の原因がこの竈神の祟りであると判明すると、その祟りを鎮める「宅神祭(家神祭、やかつがみのまつり)」という祓いを陰陽師が担当していました。
なぜ陰陽師が竈神の祟りの祓いを鎮める宅神祭を行ったかというと、平安時代の延喜式(えんぎしき)という法律文の中に「陰陽師は火の神や竈神を祭れ」とあったため、陰陽師が竈神の祟りを祓い鎮める宅神祭の方法を心得ていたからです。


土公神(どくうしん、つちぎみのかみ)の祟り

この竈神の祟りと共に平安時代の貴族が恐れたのが「土公神の祟り」です。この土公神は屋敷内の土地に宿る神とされて、「犯土(はんど、つち)」という土木工事を行う際に地面を三尺以上(約1メートル)掘ると土公神が怒って地上の人に祟りを及ぼして病気にし、ケガをさせると考え、竈神と同様に非常に恐れていました。
この犯土による土公神の祟りを鎮める対処法を陰陽師は心得ていたのです。これについて先に挙げた延喜式(えんぎしき)に「陰陽師は建物や敷地の害気を鎮める祓いを行え」とあり、陰陽師が土公祭(つちぎみのまつり)という祓いを行い、「黄牛(あめうし)」という黄色の牛(これは黄色の牛ではなく、明るい茶色の牛)を屋敷内の庭に入れることによって土公神の祟りを鎮めたのです。
恐らく、これは五行説では黄色は土行を示しますし、易学で牛は八卦の坤の卦に当たり、この坤の卦は土地や地面も示しますので、体が大きくて体重が重い黄色の牛を庭に入れると、相撲取りが土俵で四股を踏んで地霊を鎮めてその場を浄化するように、黄牛が土地の神の土公神の祟りを鎮める働きをした、と考えることが出来ます。


陰陽師は家宅や土地に関するエキスパート

普通、陰陽師というと天文や六壬式占、暦を使って占い、また星を祭り、鬼を祓う姿がよく映画やドラマ、小説、アニメ、ゲームなどの題材に取り上げられて、そういう姿が描かれることが多いため、私たちはそういう陰陽師を想像してしまうのですが、今回のように陰陽師は貴族の引っ越しの際の移徙の儀式の新宅作法を指示・指導し、さらに屋敷神の竈神の祟りや土地の神の土公神の祟りを祓い鎮めるという家や屋敷に関する儀式・儀礼などの仕事もよく行っていました。
なぜなら、陰陽師は「大唐陰陽書(だいとうおんようしょ)」や「郝震堪輿経(かくしんかんよけい)」という古代中国の風水書を参考にして、占いや祓いを行っていたからなのです。
なお、大唐陰陽書や郝震堪輿経の両書とも中国ではすでに失伝して存在しませんが、日本には現在も残っています。つまり陰陽師は本土の中国が遠い昔に失った古代中国の風水の技術を江戸時代まで行使することが出来た稀有な国家公務員占い師、技術者でもあったのです。

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・プロフィール
高橋圭也(たかはしけいや)
ドラマ「陰陽屋へようこそ」「陰陽師」、映画「陰陽師」等の陰陽道指導を行う陰陽道・陰陽師研究家。
2020年3月29日にテレビ朝日にて放送されたドラマスペシャル「陰陽師」監修。
世界一のSEIMEI(安倍晴明)の剣印ポーズの生みの親。神道霊学研究家。兵法学研究家。
明階神職資格取得。
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